3 post categorizzati come "K2) イタリアと日本~徒然なるままに・・・"

22/01/12

La mia vita con il cioccolato

La scorsa domenica, ho partecipato a una bella festa del cioccolato di VESTRI  http://www.vestri.jp/.
Mi sono divertita molto nella festa. Perche' c’erano tanti cioccolati selezionati per la stagione del giorno di San Valentino del 2012. Ho mangiato tutti i tipi di cioccolati che sono circa 20 pezzi e ho bevuto 3 ciocotate di diversi tipi della ricetta dei Medici.
394385_310686408974217_223981200978072_902392_454995545_n.jpg
Lo scorso anno, il presidente di VESTRI JAPAN ci ha regalato tanti cioccolati per la nostra festa di 伊日amo (Associazione di scambio culturale Italia-Giappone)http://iniciamo.wordpress.com/. I nostri ospiti e anche noi, staff di 伊日amo, ne abbiamo assaggiati tanti perche’ erano veramente buoni.

Per me "L’Antica Gianduiotto Pistacchio" era soprattutto buonissimo! Questo cioccolato e` come crema di cioccolata, si puo` mangiare con il cucchiaio o glissini. Anche in questa settimana l'hanno presentato la TV e qualche rivista.

Ma adesso il mio preferito e` certamente "La Vista Alegre", perche' sto mangiando ogni giorno i 50 grammi di questo cioccolato per stare a dieta. Questo cioccolato fondente e` pieno dell'aroma del cacao della qualita` migliore. Se volete comprare i cioccolati di VESTRI, potete trovare in qualche grande magazzino fino al 14 Febbraio. Provatelo per il vostro tempo felice!


Secondo me… i migliori cinque di VESTRI 2012 sono...
1.Antica Gianduia Pistacchio ... Mamma mia... troppo buono!!
2."Cappuccino" nelle Praline dei Classici ... Veramente CAPPUCCINO!!
3.Gianduiotti VESTRI ... Buonissimi tutti e tre gusti, ma sopratutto per me e` PISTACCHIO!
4."Rosa" nelle Praline dei Fiori ... Che profumo della vera ROSA!!
5.Tavoletta 50g Semi di Cacao ... Con vero semi di cacao, vi potete divertire al tatto di cacao.

|

21/03/11

Meno male...

3/11の金曜日、私は有休をとって、観光旅行で日本に来ていたイタリア人のMaraと彼女が飛行機で知り合ったGiadaと一緒に、浅草に行きました。
この日、私が予定していたルートは、「東京駅に迎えに行く→仲見世通りを散策→浅草寺をお参りする→もんじゃ焼きを食べる→水上バスで浜離宮に移動→浜離宮で抹茶とお菓子をいただく→汐留で日テレ前のスタジオジブリの大時計を見て→東京タワーに昇る→東京駅八重洲地下街で回転寿司を食べる→バスターミナルに送る」というスケジュールでした。

MaraもGiadaも前日に日本に着いたばかり、初めての日本ということで見るもの全てが珍しい状態。まず、浅草寺をお参りし、二人はお守りを選び、おみくじをひき、仲見世通りの浅草九重(http://www.agemanju.jp/)のあげまんじゅうを食べ、ランチに六文銭(http://www.rokumonsen.co.jp/)でラムネを飲みながら、もんじゃ焼きとお好み焼きを食べ、初日の観光を満喫。Giadaは英語ができるようでしたが、Maraは日本語も英語もわからないので、せっかくだから一人では注文できないものを一緒に食べましょう・・・ということで、この日はもんじゃ焼きとお寿司を予定していました。

ランチのあと、Maraがマニキュアが禿げてしまったので除光液が欲しいと言い出しました。見えるところにドラッグストアがたくさんあったのですが、以前、Marialuisaが100円ショップが大好きと言ってたことを思いだし、彼女が来たときに友人のFumiちゃんに連れていってもらったダイソーに行くことにしました。すると、そのダイソーの前にゲームセンターがあり、イタリアーナたちがみんなプリクラを喜ぶのを思いだしたので、せっかくだし・・・と、まずはプリクラを撮りに行きました。案の定・・・初体験に大喜びの彼女たち、撮影後のイラスト描きにばっちり時間を取られ、その後の100円ショップ(これが全部1ユーロ?・・・と大好評!)にかかった時間とあわせて、最初に予定していた水上バスの時間から1時間遅い水上バスで移動することになりました。

そして、きれいに改装された水上バス乗り場(http://www.suijobus.co.jp/)から、浜離宮までvaporettoに乗りました。学生たちと一緒に写真を撮ったりしてくつろぎながら、この川にはいろいろな色の橋がたくさんかかってるのよ~と話しながらそのうちの一つをくぐったときに、ガタン(?)というすごく大きな音がして一同びっくり・・・何事かと思って後ろを振り向いてみると隅田川に沿って走っている高速道路の街灯が柳のように揺れている。はじめ、何が揺れているのか把握できませんでした。するとterremoto?と訊かれ、いや地震であんなに揺れるわけないでしょ・・・と思いながらも、「たぶん、地震かも~」と答えました。

つまり、私たち、本震の揺れを知らないんです。水の上だったので、全く揺れを感じませんでした。
しばらくすると、お台場のほうの空が真っ黒になり、フジテレビの後ろ側から煙が出てるのが見えました。今の地震で incendioが起きたみたい・・・。私は少しでも情報が得られるように水上バスの前方に移動しました。

「今の地震で浜離宮の水門が閉じられちゃったので、しばらく停まります」と言われ、Maraのバスの時間を考えるとどこかをカットしないとダメかなぁ~などと考えていると、「津波の恐れがあり、水門が開く可能性はなくなりましたので浜離宮には着けられないため日の出桟橋につけます」とのこと。妹からは、「母子無事です」のメールが届き、「何を大げさな・・・」と思いながらも、「私はちょうど隅田川の上だけど全然揺れなかったし無事ですよ~」ととりあえず返事。まさかそのあとメールも電話もつながらない状態がくるとは夢にも思わず。さて、日の出桟橋で降りると、浜離宮の入場料を払い戻しますというので、「ここから浜離宮に歩いて行かれますよね?そしたら、このチケット使えます?」と(いま思えばのんきに)訊いたところ、「それどころじゃないですよ。なにもかも、もうどこも閉まってると思うし、電車も全てとまっていますよ」・・といわれて、改めて係員に東京の震度を訊いてびっくり。「よかったですね、お台場行ってたら、こっちに戻ってこれなかったですよ。」とも言われました。

とりあえず情報を得ないことには・・・と、浜松町駅まで歩いてみると、駅構内のテレビで三陸の津波の中継映像が映ってて、電車は全部止まってる。なんといっても、揺れを体感してなかったので、何が起きているのかがすぐにはわかりませんでした。
キヨスクもみどりの窓口も駅内の飲食店もシャッターをおろしはじめたので、万が一を考え、すぐに開いていたコンビニで水と食料を購入し、MaraとGiadaにも、とりあえず食べ物と飲み物を何か買っておきなさい!と指示。だけど、彼女たち、何といっても全く揺れを感じてないので、状況が把握できないんですよね。三陸海岸の映像を見たところで、日本の地理感はないわけで。

そして・・・どうすることもできない状況だということを把握したとたん、mammaに電話をしなきゃ・・・とパニック状態。どうして、自分の携帯電話がつながらないのかもわからない。自分の携帯がダメなだけで私のはつながると思って、私の番号をイタリアに教える。公衆電話を見つけたけれど、長蛇の列。慌てて小銭をばらまいちゃうし、ノートは公衆電話の上に置き忘れそうになるし・・・大変でした。

Giadaは、池袋の日本人の友達のところに泊まっているということで、方角を訊ねると颯爽と歩いて帰って行きました。Maraの方は、よりによって鹿島(地震と津波の比較的近く)のイタリア人の友達のところに泊まっているというので、帰すこともできないし(というより恐らく帰れないだろうし)、私もJRが仮に3時間後に動いたとしてもラッシュの時間に重なったらゲキ混みで疲れちゃうし・・・と、両手を使い電池を食うスマートフォンからSIMを片手で使える携帯電話に移し替えて、15時の時点でホテルを探して予約。

ところが、予約をしたそのホテル、JRグループのホテルなのに、すでに玄関前の煉瓦がくずれはじめていて入口が貼り紙一枚で封鎖されている。フロントにも通してくれないし、インターホンでも出やしない。当然、電話はつながらない。海がすぐ近くなので、地面から水も湧き出してきたりして・・・・かなりヤバイ状態。16時、辺りがどんどん暗くなってき始め、寒くなってきた。携帯で他のホテルを検索してみるものの、どうやら都内は一斉にこの夜の予約を受けないことにしたらしい。しかたがないので、その前にあったちょっと大きめのホテル、アジュール竹芝に頼み込んで、ロビー前のラウンジにいれていただき一晩を過ごしました。

「本日はあいにく予約のお客様でいっぱいで」というので、「この状況じゃあ、キャンセルされる方もいらっしゃるでしょうから、少しロビーで待たせていただいてキャンセルがあったら泊めていただけませんか?」と言うと、「本日はこの状態ですので、新規のお客様はお断りさせていただいております」とのこと。確かに、エレベーターは止めなければならないし、ガスも使えない状態。階段まわりの壁も少し粉が落ちていたりして、海に近いこともあるし、ホテル側としてはそういう対応をせざるを得ないとは思います。たぶん、高層階のお客様をできるだけ低いフロアに移動させて高層には泊めないようにしていたのだと思われ・・・。

でも、部屋は借りられなかったけど、逆にエレベーターが使えずお風呂も使えない状況の高層階で、密室の客室に泊まるよりも、人がたくさんいるロビーのほうが心強いし(他にも何組か避難してる方がいらっしゃいました)、なんといってもMaraにとってはGratisだったし、よかったと思います。NHKのラジオ放送がずっと流れていたので状況がリアルタイムで把握できたし、4Fだから津波の心配もないし、すぐ前が避難所だという。毛布も貸してくださり、暖かいお茶も飲み放題でサービスいただき、歯ブラシもクシも提供くださり、公衆電話が無料になったため安心して時差8時間のイタリアにかけまくってましたし、Maraはインターネットも500円で使えたし、携帯もスマホも充電できたし、暖かったし、明るかったし、窓からはレインボーブリッジも見えて、とてもありがたかったです。本当に神様とホテルの方々に感謝です。

そして、もう一人の女神が、一緒に日伊交流フェスタ企画の伊日amoを立ち上げているBevitrice(←日本人)。私は、ホテルにチェックインしたら買い出し、もしくは夕食に出ようと思っていたため、それほど多くの食料を買っていたわけではなく、22時近くになると当初買ってきた食べ物も底を付き始めてきました。

そんなタイミングで、公衆電話からの着信。Bevitriceが、「どこにいるの?」と。彼女は、都内勤務の私がきっと帰宅難民なんじゃないかと思ってかけてくれたのだそう。本人はすでに宴会を1件終えて飲み仲間を探していたそう・・・で、お互いに場所を確認すると、どうやらかなり近くらしい。「食べ物と飲み物を買い出しして、こっちに来てよ!」と。
でも、その時点で、米やパン、麺類などは既になかったそうで、いわゆる「日本のスナック&お菓子とつまみ」とビールでMaraは初めて見て食べるものばかり・・・喜んでもらえました。そして、アルコールの力を借りて、少し眠れたみたい。

彼女、ホテルのロビーのソファに座った瞬間に、大きな瞳から大粒の涙をポロリ・・・抱きしめてあげることしかできませんでした。私たちはとてもラッキーだから大丈夫よ。だって、私たち揺れてないんだから!と。
とにかく連絡がとれないことと、周りがすべて日本語で(英語の放送すらなくて)状況が理解できなくて、・・・もし、逆に自分が外国でこの状況になったら・・・と考えると、その不安を想像するのは容易なことでした。ホテルロビーのインターネットで大使館に連絡が取れ、Facebookで自分の無事を報告できてかなり安心したようでした。

翌朝、何事もなかったかのような穏やかな晴天の中、竹芝から、立ち食いソバやカツ丼を食べたり、銀座通りを通って鳩居堂を覗いたりしながら、東京駅までぶらぶらと歩きました。
そして、成田方面在住のBevitriceが、上野からタクシーで8時間かけて、Maraを成田空港で待つ彼女の友人Simoneの元へ送り届けてくれました。Bevitriceは、私よりもずっとイタリア語が話せるし、優しい上に機転がきくので、Maraもほっとしたんじゃないかと思います。そして、彼女はすぐにAlitaliaの直行便のチケットをとることができて、日曜日の朝、Romaに帰ることができました。

もし、あの時、Maraが除光液を欲しがらなかったら・・・浅草で彼女たちにプリクラをとらせてから、100円ショップに連れていってなかったら・・・(←ここで1時間かかった)、まさにアノ時間、曲がってしまった東京タワーに昇っていたと思います。

もし、Maraが来日する予定がなくて、仕事の相手の都合が整っていたら、10日~11日、私は仙台に出張してました。

それにしても、日本に着いた翌日にいきなり大震災。英語も日本語もわからないのに、ラジオもテレビも駅内放送も、日本語ばっかりですものね。。。Mara、かなり不安だったことと思います。外国人を見かけたら助けてあげなくちゃ・・・と思います。
そして、いろいろな事といろいろな方とに、ほんとに感謝です。
また、連日、「食べるものある? イタリアから送りますよ」とか、「部屋があるから、よかったら家に住んでください」とか、たくさんのあたたかい応援メッセージを下さったり、Facebookのプロフィール写真に日の丸を掲げてくれている沢山のイタリア人の友人たちにも本当に感謝です。

一日も早く、みんなが安心して渡航できる、いつものふつうの日本に戻ることを祈りつつ(戻す努力をしつつ)、愛する皆さんの再来日を心待ちにしています。

|

21/03/10

私とイタリア語

一昨年(2009年)の春、初の海外一人旅で、一週間ローマに行きました。

大学時代に第二外国語でちょこっとイタリア語を勉強したことがあったので、10年ぶりのイタリア旅行で耳に入ってきたイタリア語の響きに、なんだか不思議な懐かしさを感じました。

20年前の授業の記憶などというものは無いに等しく、英語が全くできないうえに、イタリア語も挨拶しかわからず、かなりドキドキもののローマ滞在でしたが、貴重な経験がいっぱいだったその一週間は、私に再びイタリア熱をもたらすことになりました。

その年の夏、東京でのイタリア人との交流フェスタに参加したことで、イタリア人のステキな友達ができました。ミラノに住む彼女の名前はSerena。彼女は、その時に一緒に行った箱根の写真を共有するために、私をFacebookに招待してくれました。
そして、そのFacebookを通して、沢山のイタリア人との友達の輪が広がり、同時にイタリアが大好きな日本人のステキな友達とも出会うことができました。

友達になったイタリア人から「日本語を教えて!」と言われることも多く、Microsoft Wordで五十音の表を作って送ってあげていたりしたのですが、いちいち作って送るのがメンドウになり、Webで見てもらえたら・・・と、昨年の春に「イタリア人のための日本語講座」のブログを作りました。当初は、イラストと日本語だけで説明をする予定で、Gelattinoというシェルティのキャラクターと彼の家族たちを作ったのですが、やはり説明にイタリア語を使わざるを得なくなり文法の基礎から勉強をはじめました。

レッスンで習ったことや、イタリア人たちが教えてくれたことをノートやメモ帳に書いていたのですが、1年たってみたら「あれ、どこに書いたっけ?」が増えてきたので、ブログのカテゴリを利用してうまくメモできないかな~と。

言葉は使うと覚えられる、使わないと覚えられないということを実感。
そうはいっても、なかなかすぐに使えるシチュエーションにはめぐり合えないので、ここにメモしていきたいと思ってます。

(あくまでも、自分の勉強のためのメモなので、正しいとは限らないのでご了承ください & 間違ってるところあったら教えていただけると嬉しいです!)

|